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▶2014年9月8日 滝行の会(はじめての滝行体験)報告(3)

=「はじめての滝行体験」参加者の感想 =

 9月5日~7日に行った「「はじめての滝行体験」の参加者の中から2名の方の感想をご紹介します。1人目は「清浄の滝」での滝行初体験の方の感想です。2人目は滝行経験者の「不動滝」と「清浄の滝」での滝行の感想です。

【清浄の滝の感想】《40歳代女性・滝行初体験》
 6日の1回目の滝行は、他の人の様子を見ながら、「こんなこと人前でしたくない」と少し思ったけど、滝に入ったらそれどころではなくなりました。滝の中で急に「お母さんに置いていかれる。怖いよ。どうして置いて行っちゃったの!?」という幼少期の気持ちが湧いてきて、言葉にしていました。声は出たけど体はあまり動けなかった。
 7日の2日目は、滝に一人で入るのは怖かった。水量もさらに多いし冷たそうだった。滝に入るのはある程度怖いのは当たり前だけど、やってみるしかないし、やらないで逃げたらまたそれも悔しいので、とにかく滝に入りました。でも、思いもかけず、大丈夫でした。そしたら、お母さん、お父さん、お兄ちゃんと叫んでいました。前日より時間を忘れている感じで、気づいたら長く時間が経っていたようでした。
 また、最後にはもう少し滝の芯に近いところまで行けて、息もできた。終わった後は安堵と、感情があまり出なかったことの残念さとが少しありました。
★《解説》
 この方は、1回目の滝行から幼児期の体験が引き出されました。このような状態を「見捨てられ恐怖」と呼んでいます。親に対して、この恐怖を抑圧して無自覚な状態の人はとても多いです。大人であるはずの皆さんも、人に嫌われて孤立する恐怖を感じると思いますが、その起源は乳幼児期の「見捨てられ恐怖」です。
 この方は言葉は出るけれど、感情がいま1つリアルでなかったのは、感情麻痺があるからです。何度も練習すれば感情麻痺は徐々に解けていき、感情を感じて思い切り表現できるようになります。そして、表現して「トラウマの心の闇」の浄化は進むことで、生き方も人間関係も自由になっていきます。
 2日目の滝行では、「前日より時間を忘れている感じで、気づいたら長く時間が経っていたようでした。」と感じたようです。滝行で思考が外れてトランス状態に入ると、周りのことや時間感覚が変化します。このように1泊2日で2回の滝行を行うと滝行に慣れてきて、より感覚の世界に入れることがお分かり頂けると思います。ですから「はじめての滝行体験」は、一泊して頂き滝に2回入ることにしています。滝行経験者の方が2泊3日で参加すると、「不動滝」で1回。「清浄の滝」で2回。計3回滝行を行います。 回数を重ねるごとに、滝行の本当の意味が分かってもらえるからです。

【不動滝の感想】《20歳代女性・滝行経験者》
 不動滝での滝行の時、滝が私のことを殺そうとしているように感じました。殺される、逃げたいけど逃げられない、助けてくれる人が誰もいない、そんな感じでとにかく苦しかったです。体もうまく動かなくて、滝から出るときは命綱で引っ張ってもらわなかったら戻れなかったと思います。
2日目は清浄の滝に入りましたが、水量が多かったので、清浄の滝にあんなに迫力を感じたのは初めてで怖くて滝の端っこにしかいけませんでした。そして、「私のことを本当に見てくれる人はいないんだ」「1人なんだ」というところから入り、そのうちに「1人はいやだ」「ちゃんと見て」となり言葉にしました。「人と一緒にいたい」という欲求は本心だったと思います。
 でも、人を拒否する自分がいることも感じました。これはどんどん表に出てきていて、自分の中に2つの自分がいることを実感しました。
★(解説)
 不動滝で感じる強烈な恐怖が、過去へタイムスリップさせて子宮内の胎児期の感覚を思い出したのだと思います。これが胎児期退行です。彼女は心を開いて人と親密な関係を築くことに、とても強い拒否感を持っていました。その起源が子宮内トラウマであることを実感して頂けたと思います。
 でも、人は誰でも「一人はイヤだ」「誰かと一緒に居たい(深い関係を築きたい)」という強い欲求を持っています。彼女は子宮内と乳幼児期の親子関係のトラウマによって、人との関係に恐怖感と絶望感を心と体に強く刻印されることになってしまい、そのまま大人になったのです。しかし、そのトラウマの下には、本当は人を強く求めている欲求が抑圧されていることを実感してもらえたと思います。これからやることは、「トラウマの心の闇」を浄化しながら、未解決なトラウマの課題を解決していければ、自分らしい自由な生き方ができるようになります。
※【補足】
「不動滝」は足場が狭く、足を滑られると直下の深い滝壺に落ちて命の危険があるので、命綱をつけて1名ずつ滝の中に入ります。滝の中でトラウマのフラッシュバックが起こり、1人では動けなくなる人がいるので、そのような人は命綱で引き上げます。

 このように滝行(滝の力)によって、過去のトラウマを引き出して浄化を進めていくことができるようになります。このようにして思考(日常の意識)を外して、ただただ滝と向き合うことが古来から日本に伝わる滝行による禊(浄化行)なのです。現在は単にストレス解消や自信をつけさせるような「滝遊び」的な滝行が流行っていますが、昔の行者が行っていた過去の滝行は、命懸けの真剣勝負だったのです。
 このような本当の本物の滝行に関心のある方は、先ずは「はじめての滝行体験(清浄の滝)」で真の意味での禊(浄化行)を体験しみませんか?ちょっぴり勇気を出して参加してみてください。来年の夏(8月と9月)に「清浄の滝」で皆様とお会いできるのを楽しみにしております。

=滝行の会(はじめての滝行体験)報告・終わり=


▶2014年9月8日 滝行の会(はじめての滝行体験)報告(2)

=「清浄の滝」での「はじめての滝行体験」=

 9月6日~7日(1泊2日)で、滝行の会(はじめての滝行体験)を行いました。あいにく雨天の中の滝行でしたが、お陰で「清浄の滝」の水量が増し、返って意味のある滝行となりました。

 7日は朝6時45分に宿坊を出発して、「清浄の滝」を目指して下山(約1時間)しました。滝行の時には雨は本降りとなり、晴れている時とは異なり滝行初体験の人にとっては「修行している!」という気持ちを更に味わって頂けたのではないかと思います。


「清浄の滝」写真左と「清浄の滝での滝行」写真右

 今回の「はじめての滝行体験」は、雨がかなり降り今までになく水量が多かったために、「清浄の滝」の滝行でも通常ではあまり起こらないことが起こりました。写真3の写真をご覧ください。向かって左側の滝の水量がこれくらい多いと、滝の芯は相当な水圧になります。従って、小柄の人や女性が滝の芯に入ることはかなり難しくなります。
 でも、何人かの男性が自らの意志で滝の芯に入りました。その後のミーティングの感想で、滝の芯に入った男性の一人が

「腹の底に塊を感じ、その塊が吹き出しそうになった。でも、無意識に出ないように抑えてしまった」

 と話していました。私は、「ではその塊は出したいですか?」と尋ねると「・・・・・」無言でした。おそらく過去のトラウマと直面する勇気がなかったのだと思います。
 「腹の底にある塊」として感じたものは、固まった「心の闇」です。その男性は、乳幼児期から現在までのトラウマ体験や仕事を含めた日常生活でのストレス等で溜め続けてきた「心の闇」が大量に抑圧(蓄積)されているために、「心の闇」が次第に固まって胸や腹部に溜まっているのだと思います。感覚の鋭い人は自分一人でも気づけるのですが、普通は自分の中に存在している「心の闇」の塊の存在を感じることができません。勿論、その男性も感じることができませんでした。でも、滝の増加した水量の水圧による圧迫と恐怖感で、「心の闇」の存在を感じることができるようになったのです。これも滝行によって浄化へと向かうプロセスの一例です。
 しかし、このような視点で真の意味での「禊(みそぎ)」を目指して滝行を行っているところはないと思います。
行(修行)には様々なやり方がありますが、その中で滝行は荒行に入ります。昔の行者は、滝行することで浄化をトコトンすることを目指しました。だからこそ、荒行である滝行が選ばれて現在まで続いてきたのです。
 つまり、単なる「ストレス解消」や「誰も体験したことがないことをして、自信をつけたい」などのような目的で滝行をしても、古(いにしえ)の荒行の意味を知ることはできません。単なる「滝遊び」程度になってしまいます。真の行とは、このような生ぬるい心構えではできないのです。
 また、神社や寺院でも一般向けに滝行を行っているところがあります。そのようなところで滝行を体験した方もいらっしゃると思います。 今回の「はじめての滝行体験」にも、そのような方が参加しました。神社や寺院で行っている滝行の問題点は、特定の宗教観を元に、祝詞(のりと)やお経を唱えながら滝に入ることです。そうすると祝詞やお経に思考が取られて、自分の心と身の感覚や「心の闇」のに集中することができなくなったり、特定の宗教観が気づかないうちに刷り込まれてしまいます。 つまり、特定の価値観が刷り込まれるということは、禊とは逆のことなってしまうのです。真の滝行とは、どのような価値観であったとしてもそれらに惑わされずに、ただただ自分と自然が真正面から向き合う行為なのです。

 「三峰滝行の会」では、数万年前から日本に途切れることなく伝わる古神道(原神道)の世界観に基づいて、思考を一切使わないで、滝行の原点に立ち戻った真の意味での禊(浄化)をするための滝行を行っています。「はじめての滝行体験」は、その入門的な滝行の会です。

 今年9月のはじめての滝行体験の様子は、Yortubeでご覧になれますのでご覧下さい。

「はじめての滝行体験 2014」 ← クリック!

 「はじめての滝行体験」についてのご質問や、数万年前から伝わる古神道(原神道)の世界に基づいた滝行の原点に立ち戻った、真の意味での禊(浄化)を進めるための滝行について、質問やご意見などがございましたら、質問フォームまたはメール(kokoro.bg.mbn.or.jp)にて遠慮なくお尋ねください。


滝行の会(はじめての滝行体験)報告(3)《「はじめての滝行体験」参加者の感想》へ続く

▶2014年9月7日 滝行の会(はじめての滝行体験)報告(1)

 =「不動滝」での経験者による滝行 =

 9月5日~7日(2泊3日)で、滝行の会(はじめての滝行体験)を行いました。今回の滝行の会は雨が降ったので滝の水量が多くなりましたが、返って厳しい滝行ができてよかったと思います。
 初日(5日)は滝行経験者による、「不動滝」での滝行でした。「不動滝」は落差30m(中段)の滝で、しかも滝行の会の前まで雨が降っていたこともあり水量が多く、「不動滝」に到着した時には入れるかどうか心配でしたが「滝行可能」と判断して滝行を行いました。結果的に、水量は多かったので厳しさが増しよかったと感じました。写真1と8月10日のブログの「不動滝」の写真と比較していただくと、水量がかなり多いのが分かると思います。

    
▲水量の増した「不動滝」                 ▲「不動滝での滝行

 写真2は、女性の参加者が滝行しているところです。女性の姿がはっきり見えないくらい水量が多いのが分かると思います。
 「不動滝」は滝の中に入る部分(側面)が水の壁のようになっていて、この部分の水圧はかなり高いです。この水の壁を超えて滝の中に入るときに強烈な恐怖が引き出され、その恐怖を超えるときに丁度タイムマシーンのような作用をして、時空を超えて過去のトラウマの世界がフラッシュバックして「トラウマの「心の闇」が引き出されます。滝の中に入ると水圧が幾分減って多少の空間があるので、丁度母親の子宮の中にいた時(胎児期)の記憶が引き出されることもあります。つまり滝行によって子宮内退行して、子宮内で胎児期に感じた「殺される恐怖」や「絶望感」を再体験するのです。この過去の記憶が引き出された人はパニックのような状態になることもありますが、この体験によってトラウマの課題の原点を実感できますし、「トラウマの心の闇」の浄化も進みます。つまり、これが日本古来の滝行による「禊(みそぎ)」ということなのです。
【補足】
 一般的には「胎児にとって子宮内は安全で安心していられるところ」と考えられています。しかし、多くの胎児は子宮内でトラウマ体験をしています。子宮内トラウマについては、最新の科学的研究で証明されています。子宮内トラウマについては「良い子の心の闇」(鈴木健治著 東京図書出版会)をご覧下さい。

 しかし、現在様々な団体で行われている滝行は、真の意味で「禊」にはなっていません。それどころか、ストレス解消や逃避になっているのです。これは何についても言えることなんですが、現代日本で行われていることの多くが表面的で形だけを真似ているものばかりだと感じます。そのことが滝行やほとんどの心理療法でも起こっているのが現実です。

 8月の「滝行の会」は、8月29日のTBSテレビ「おーくぼんぼん」で紹介されましたので、よろしければYortubeで「おーくぼんぼん 男と女のセックスの悩み 1時間スペシャル」を検索してご覧下さい。全体で44分ですが、後半の33分16秒~41分51秒までの部分です。

「おーくぼんぼん 男と女のセックスの悩み 1時間スペシャル」 ← クリック!

 本番組は「セックスの悩み」ということで構成されたバラエティー番組ですが、「三峰滝行の会」の滝行は、一般に行われている滝行とは全く異なり、古代から伝わる浄化行(禊)を行っている滝行だと感じて頂けると思います。例えば、滝の水量と水圧で感じる強烈な恐怖を使って、潜在意識の奥底に抑圧された過去の「トラウマの心の闇」を引き出して浄化する様子をご覧頂けます。

 ここで付け加えますが、滝行での恐怖そのものはトラウマ体験にならないことは断言できます。どうしてかと言うと、一度「三峰滝行の会」の滝行を経験すると、みなさんまた滝に入りたくなりますし、実際リピーターは多いです。

 初心者の方が対象の「はじめての滝行体験」は、初心者でも入りやすい「清浄の滝」を使いますので、初心者の方は安心してご参加ください。


滝行の会(はじめての滝行体験)報告(2)《「清浄の滝」での「はじめての滝行体験」》へ続く


▶2014年8月30日 イベント「男と女の本音夜話会(3-1)」報告

 =「男にとって、女にとってセックスとは何だろう・・・?」=

 8月30日(土)の13:30~16:30に、「男と女の本音夜話会(3)」を行いました。今回は12名の方に参加して頂きました。ありがとうございます。勿論、会の後には懇親会を行ないましたが、懇親会は今まで以上に盛り上がり、3次会はお酒を買って近くの公園に行き、終電まで飲(呑)んで語り合いました。やはり、恋愛とセックスの話はお酒に合いますね。

 今回のテーマは「男にとって、女にとって、セックスとは何か」でした。3回目を迎えましたので、「男が女を、女が男を思う気持ち」を切り口にしながら、セックスに話題を絞り込んでいきました。そして、徐々にですが、「セックスは心でするもの」という認識を共有する方向に進んでいきました。
 一般的には、同性が集っての飲み会では、セックスが話題になることは多いと思います。その中身と言えば、異性への見下しやただのその場限りのお笑いネタになることがほとんどでしょう。でも、「本音夜話会」のように、男女がシラフで真面目(真剣)にセックスを話題にする場はないと思います。その意味で、「男と女の本音夜話会」は貴重な存在だと思っています。
 今回の「本音夜話会」で印象に残ったのは、異性や同性のセックスの本音を初めて聴いて、自分が体験してきたセックスとは全く違う世界があるのを知ってショックだったり、そんな世界があるなんて想像できないと困惑したり、自分の考え方が少し変化したりした人がいたりなど、本当に中身が濃い会だったと思います。

◀「男と女の本音夜話会(3)」風景

 今回は、「本音夜話会」に参加した皆様のご意見や感想を、男女別にご紹介したいと思います。

【男性】
《20歳代~30歳代》
◆セックスで感じている自分をさらけ出して、それを相手が受け入れてくれるなんてことはあってはいけない、あり得ないことだと考えていることを実感した。
◆フェラとかクンニについて色々意見があったけど、その人に相手を思いやる気持ちがないとダメってことを知った。義務感でされるのは自分的にも淋しい。
◆義務感じゃなくフェラをしてあげたいとか、中で射精して欲しいって感じることがあるって、女性の意見を聞いた。自分にも、自分の性欲処理とか相手を見下すとか義務じゃなく相手の性器をなめてあげたいって想いが、相手のことを大切にしたいとかやさしくしてあげたいとかって想いからそうしている感じがある。そうなるには、ある程度お互いに自分を出し合ってお互いに安心感とか繋がる感じがあるから余計にそうしたくなるのかなって感じました。
◆セックスで感じているときには意識すらないという意見を聞き、自分は形式的なコミュニケーションやプレイ内容などにこだわり、人とのコミュニケーションをしていないし、セックスもまともに知らないということを感じました。

【女性】
《20歳代~40歳代》
◆市販されているセックスのハウトゥー本は、良い子が逃避するためのスキルを書いているということを知った。
◆自分は性欲を頭で増幅させている。
◆「一緒にイク」というのが現実にあることに驚きました。
◆セックスの話をするのが嫌なので、嫌ってことは意味があるんだろうと思って参加しました。行ってよ
かったです。
◆自分の求めていることがよく分かりました。セックスで自分をさらけ出してもちゃんと受け止めて欲しいし、相手にもそうしてあげたいんだなぁと思った。
◆セックスにその人間の全部が出るということ、自分を振り返ってその通りだった。
◆セックスそのものの見方が大きく変わった。実際に心でセックスをする人の体験を聞いて、私も自由になれるかもと安心した。
◆セックスでつながる感覚や、本当の自分の世界は奥深くはてしないものが広がっていることを知って、衝撃だった。自分が今までやっていたセックスは何だったんだろう・・・。
◆自分はセックスの快感で 「頭が壊れる」「死んでしまう」 というブレーキをかけてその先には行かなかったが、その先に 「生」 があることを知った。でも、生き生きとする世界があるとは想像もつかなかった。初めて聞いてびっくりした。
◆男性の参加者から、必ずしもフェラを求めている訳でもないということを聞いて、何だかホッとした。思い込みに縛られていたことが分かった。
◆真の意味で人とつながるセックスが実際にあるのだろうとは思うが、今の私はその場になると自分を守ったり緊張したりするのに必死で、それどころではないのが正直なところ。閉じている気持ちがそのままセックスでも出ているのだなと感じた。

 このような感想でした。皆さんは、お読みになってどのように感じましたか?恋愛とセックスには、乳幼児期のトラウマが最も色濃く出ます。つまり、どちらもうまくできないのです。乳幼児期のトラウマの課題を根本的に解決できれば、本当に自由な恋愛とセックスの世界を感じることができるようになります。
 本当に自由な世界を知ることは、「自分の命や、生きていることを実感」するのと同じことだと思います。
私は著書「良い子の心の闇」の中で、現代日本人のほとんどが「生きているように死んでいる」と書きました。自分の命を感じ、本当の自分を感じて真に自由に生きるためには、蕩ける(とろける)ような恋愛とセックスができるようになることが重要な要素だと考えています。そのためには、トラウマを外す以外に方法はありません。
 みなさんも、先ずは乳幼児期の親子関係でできたトラウマを外してみてはいかがでしょうか?きっと、今までのあなたが現実だと信じて疑わなかった世界とは全く異なる、想像もできないような別世界が開けるでしょう。

=「男と女の本音夜話会(3-2)」へ続く=

▶2014年8月29日 「はじめての滝行体験」がテレビ取材を受けました!

 8月8日~9日に行った、「はじめての滝行体験」がTBSテレビの取材を受けました。番組は「おーくぼんぼん」という深夜のバラエティーで、8月29日(金)の深夜0:20~1:20の放映でした。
 当日のタイトルは「セックスの悩み」でした。番組の制作担当者がメンタルサポート心理相談室の「セックスセラピー」と「三峰滝行の会」のサイトを見て、その組み合わせの意外性と、滝行なら画像として使えるということで取材の申し込みを頂いたようです。
 放映は取材内容を編集して、「セックス依存解消のための滝行」ということでまとめてありました。でも、私はインタビューの中で「恋愛やセックスの悩みは、乳幼児期の親とのトラウマが根底の原因であり、今日は乳幼児期のトラウマを外す目的の滝行の会です」と答えたのですが・・・。
 滝行はトラウマの解決が目的なのですが、トラウマがあるということは程度の差があるだけで、参加者の人たちも恋愛やセックスの悩みを抱えています。その人たちの中から、セックス依存傾向のある2名のインタビューが放映されました。
 それ以外の映像は、滝までの登山や滝行の様子も放映されました。放映時間はトータルでは8分間で結構長かったですね。番組を観た方は、滝の迫力と滝行の危険性を感じたと思います。滝行は行の中でも、荒行に入ります。

  

 取材を受けたのは奥秩父の不動滝です。不動滝は、江戸時代末期まで行者が滝行に使っていたそうですが、今では滝に入る人はいない感じですね。写真を見て頂ければ分かると思いますが、この滝で滝行は危険です。ですから初心者には危険なので、撮影当日は滝行体験者の方のみで滝行を行いました。
 「はじめての滝行体験」は滝行初体験の人のために滝行の会なので、通常は初心者でもそれほど危険のない「清浄の滝」を使います。「不動滝」での滝行は、滝行の経験者を重ねた人限定で行います。

 番組から1名の女性(29歳)が滝行に参加しました。勿論、滝行初体験の人です。そのことは打ち合わせの時に聞いたのですが、その時には思わず「本当に入れますか?」と訪ねてしまいました。その人は、最初は滝に入る恐怖で引き返してきましたが、「じゃぁ、帰っていいよ」と言ったら、仕事なので仕方なく入りました。滝から出たときは、放心状態でしたね。

  

 今年2回目の「はじめての滝行体験」は、9月5日~7日の日程で行います。また、ブログで報告します。


▶2014年8月26日 日本の心と靖国神社(5)

= 遊就館のご紹介 =

 靖国神社境内に「遊就館」という施設があります。「遊就館」は靖国神社ゆかりの資料や宝物を展示している施設です。幕末末期の動乱から大東亜戦争に至る戦没者や殉職者を神として祭る靖国神社の併設の施設として、戦没者や様々な軍事関係の資料を収蔵・展示しています。

 「遊就館」は明治15年に開館した、日本における最古の軍事博物館です。正面のホールには当時世界に誇る艦上戦闘機である「零戦」が展示されています。でも、反日勢力の人たちからは「軍国主義的な施設」などと心無いことを言われています。(でも、中国人観光客の見学者が、結構多いんですよね)
 でも、実際に「遊就館」を見学すると反日勢力の人たちが言っているような施設でないことが分かります。ゆっくり見学すると半日以上かかるほどたくさんの資料が展示されていまする、日本の近代史を学ぶために大切な施設だと思います。

◀零式艦上戦闘機(ゼロ戦)

 特に、各地で戦火に散った軍人や軍属たちの遺品や遺書の数々を読んでいると、それらの人たちが家族を守るために命懸けで戦ったことや、その家族への思いがヒシヒシと伝わってきて胸が熱くなります。まだ、靖国神社参拝や「遊就館」見学したことのない方は、是非一度行ってみてください。そうすれば、大東亜戦争に対するイメージが変わると思います。

 「遊就館」は、大東亜戦争は決して侵略戦争ではなかったという歴史的事実を、若い人たちにも知ってもらうための施設でもあると思います。日本は西欧白人諸国に植民地として侵略・略奪されていたアジア諸国を解放するために戦ったのです。アジア諸国が戦後独立をなし得たのも、日本軍に解放されその国の民族としての誇りが芽生えたからです。だからこそアジア諸国の大部分は親日国であり、今でも西洋の支配から開放してくれた日本に感謝しているのです。

 占領時代の連合軍最高司令長官であるドナルド・マッカーサーも、退役後には同じような考えを持っていたました。アジア諸国を白人西洋諸国の支配と略奪から開放しようとする目障りな(許しがたい)日本を、連合国が軍事封鎖(ABSD包囲陣)して石油やその他の資源の補給を絶ち、日本軍が自ら戦争を仕掛けるのを待っていたこと。日本は仕方なく自衛のための戦争をせざるを得なかったこと。白人世界に反旗を翻した有色人種の国である日本を、2度と立ち上がれないように叩きのめすことが戦争の目的であったこと、などを退役後したマッカーサーは米国議会で証言しています。よろしければ、ネットで「マッカーサー証言」と検索してみてください。目からウロコが何枚も落ちること間違いなしです!

 我々日本人は、GHQによる「ウォ・ギルド・インフォメーション・プログラム」(これもネットで検索してみてください)によって、日本の伝統文化から切り離されてしまいました。そして、唯物論だけで成り立っている西洋文明やアメリカのグローバリゼーションが正しいと信じ込まされ、日本人は根無し草になってしまったのです。その結果、私たちは真の個性と主体性を奪われてしまいました。つまり、「ウォ・ギルド・インフォメーション・プログラム」は、大成功を収めました。アメリカという国は本当に恐ろしい国だと思います。その結果、日本人は心と体にバランスを失い、心を病む人たちが増え続けていると私は考えています。

 そして、この悲劇的な状況に加えてシャレにならないオマケが付いています。現在、増え続けている心を病んでいる人たちを治療している、「精神医学」「臨床心理学」「カウンセリング」「様々な心理療法(セラピー)」のほとんど全てが、日本の伝承文化を徹底的に破壊して日本人の心を病ませたアメリカから直輸入されたものばかりなのです。もう、絶句です。というのは、心の専門家と称する人たちには、このような視点が全くないどころか、アメリカ由来の考え方が「正しい」「素晴らしい」「進んでいる」と陶酔しているのです。これでは、日本人が日本人として心も体も真に健康になるはずがありません。

 では、このようなお先真っ暗な状況をどうしたらいいのでしょうか?その具体的な考え方は、本シリーズ「日本の心と靖国神社(1)~(4)」でお話してきました。メンタルサポート心理相談室のトラウマセラピーは、このような考え方で組み立てられています。
 つまり、メンタルサポート心理相談室の心理療法は、「日本の精神科医やカウンセラーやセラピス」から見れば異端的(あってはならない)心理療法ということになっています。これで、我が相談室はよく潰れないな~と、自分でも感じしています。
 最近、「トラウマセラピー」とか「メンタルサポート」とかの呼び名を、日本語にしないといけないな~思い始めています。「トラウマセラピー」は「瑞穂の国の心理療法」とか・・・。でも、「メンタルサポート相談室」の名称は20年間も使ってきているので、変えるのはちょっと難しいかな~?とは思いますが、これを期に日本語に変えちゃいますか・・・!

「日本の心と靖国神社」シリーズ終了

▶2014年8月20日 日本の心と靖国神社(4)

 【靖国神社の歴史】

 靖国神社の歴史について、正確には知らない人は多いと思います。靖国神社の起源は明治2年(1869年)6月29日に建てられた東京招魂社に遡ります。
 明治維新の大変革で多数の内戦が起きました。そして、近代国家建設のために尽力した多くの尊い命が失われました。そこで明治天皇は明治2年6月に、戊辰戦争以降の内戦で国家のために一命を捧げられたこれらの人々の名を後世に伝え、その御霊(みたま)を慰めるために、東京九段に「招魂社」を創建したのです。この招魂社が今日の靖国神社の前身で、明治12年(1879年)6月4日には社号が「靖国神社」と改められました。
 それ以降も、靖国神社には内外の戦争で戦死した全ての戦没者の御霊が祀られています。そして、坂本龍馬・吉田松陰・高杉晋作・橋本左内といった歴史的に著名な幕末の志士達も合祀されています。勿論、大東亜戦争の戦死者の御霊も祀られており、その中には東京裁判でA級戦犯とされた御霊も含まれます。
  靖国神社に祀られているのは軍人ばかりでなく、 戦場で救護のために活躍した従軍看護婦や女学生、 学徒動員中に軍需工場で亡くなられた学徒など、軍属・文官・民間の方々も数多く含まれており、その当時、日本人として戦い亡くなった台湾及び朝鮮半島出身者やシベリア抑留中に死亡した軍人・軍属なども合祀されています。
 つまり、国を守るために尊い命を犠牲にして戦った全ての御霊が祀られているのです。その数は246万6千余柱に及びます。

◀靖国神社

 A級戦犯の合祀問題を利用した朝日新聞の反日キャンペーンに中国や韓国も便乗して、不幸にも「靖国神社」は国際問題化して、政治的に利用されてしまいました。しかし、靖国神社は神道の伝統によって、「尊い命をかけて国を守った御霊をお祭りする」という純粋な国内問題なのです。

 日本は神道の国です。仏教は1,300年前に大陸から伝えられた外来の宗教です。
 日本の国旗は、太陽「天照大神」を象徴としたものです。 「和の精神」 「おもてなしの心」 や食事をするときの 「(命を)いただきます」 の言葉も、神道の教えに基づいています。何よりも、初詣などおめでたいときには「神社に参拝」するのは、日本人の生活に根付いています。
神道の考え方によれば、人は死ねば神になります。連合国による東京裁判(極東軍事裁判)で白人文化の価値観でA級戦犯とされた人たちは、処刑されたことでもう罪はないのです。それが日本人の心です。いつまでも罪の意識を感じたり、恨みに燃えたりするのは、戦後の反日教育により欧米化してしまった価値観に支配された結果だと、私は考えています。
 「神道の心」は、もちろん靖国神社にも受け継がれ脈々と流れています。日本人としての心と死者に対する慈しみの思いは、たとえ反日活動家であったとしても、全ての日本人の心の奥底に流れていると信じています。(ただ、ほとんどの人は自覚できないだけなのです)

 ブログでも紹介してように、 メンタルサポート心理相談室では希望者を 「伊勢の神宮」 参拝にお連れしたり、 滝行を体験してもらったりしています。「伊勢の神宮」は、古事記で天皇家の祖先とされる「天照大神」を祀っており、日本の神社の中心となる神社です。
 「伊勢の神宮」の参拝者数は毎年増加しており、昨年は式年遷宮の年であったこともあり、初めて1,000万人超えました。日本人であれば神道のことを何も知らなくても、「伊勢の神宮」に参拝すれば心の奥で感じるものがあるからこそ参拝者数が増え続けているのだと思います。

【神道の意味を心と体で実感的に理解すること】

 クライアントさんを「伊勢の神宮」のお連れすると、その人の気づきや成長の段階によって反応は様々です。

1.心の奥に抑圧している「トラウマの心の闇」をハッキリ感じる人
2.「トラウマの心の闇」が引き出される感覚を感じる人(しびれや痛み、めまいなど)
3.今の生き方は幼少期に自分が選択した生き方が根底になっているという自覚が増す人
4.深い心の落ち着きを感じる人
5.胸の奥が暖かくなり安心を感じる人
6.心の中に光を感じたり、光に包まれた感じになり、喜びと感謝の気持ちが湧き上がってきて涙を流す人

などです。本来の自分の心と繋がりはじめて感覚が敏感になっている人は、4~6のようになることが多いです。このような状態の人は、日本人としてとても大切なものが「伊勢の神宮」に確かに存在していると感じることできるでしょう。でも、乳幼児期のトラウマによる感覚麻痺が強い人は、「何も感じない」ことも珍しくはありません。このようにして参加者同士が感じ方の違いを話し合うことでも、自分の成長の段階や現在の状態を知るこができます。

 勿論、「伊勢の神宮」と「靖国神社」 に参拝したときの感覚は全く違います。「伊勢の神宮」 に参拝して神宮の感覚を感じ取れる人なら、「靖国神社」に参拝すれば、日本人にとっての「靖国神社」の意味も感じ取れると思います。
 そこには、イデオロギーの違いなどは本質的な問題ではなく、ただただ日本人として「日本の心」を感じ、死者に対する慈しみの心を知ることでしか、自分は生かされているという「感謝の心」と「畏敬の念」は分からないと思います。このような感覚が深まるにつれ本来持っている個性と主体性が蘇り、真に自分らしくい生きられるようになります。そして、自分の身の周りの人や社会と調和のとれた「和の精神」を体現することだという実感が深まり、そのように生き方こと自分が真に望んでいる生き方であるという感覚に到達できるのだと思います。
 このような感覚で生きか方を体現できるからこそ、欲望に駆られて身の程知らずの高望みをせず、自分の分をわきまえた、謙虚で真に自分らしい心穏やかな生き方ができるようになるのだと思います。過去の日本人の多くは経済的には貧しかったけれど、このような気持ちで暮らしていたに違いないと思います。

 トラウマセラピー的は、乳幼児期から始まったトラウマの課題を解決しながら、上述したような生き方を目指すことが真の成長に繋がる道であると考えています。そして、このような生き方ができるようになれば、心を病むことなどなくなると信じています。
 トラウマセラピーの目的を達成するためには、2つのステップを踏む必要があるとお話しました。【第2ステップ】でお話した、トラウマの課題を解決した後に日本民族の伝統文化と繋がらないと、日本人としてのあなたの「真の個性と主体性を育てること」はできないことをご理解頂けましたら幸いです。

⇒ 「日本の心と靖国神社(5)」へ続く


▶2014年8月13日 男と女の本音夜話会(3)

=「男にとって、女にとってセックスって何だろう?」=

 お陰さまで、「男と女の本音夜話会」は3回目を迎えることができました。今回は、テーマをセックスに集中します。
心の専門家も含めてほとんどの人は知りませんが、乳幼児期の親子(特に母子)関係の「未解決のトラウマの課題」と「心の闇」は、恋愛とセックスで噴出し、様々な症状を表面化させながら恋愛とセックスを決定的に邪魔します。(勿論、恋愛やセックスを綺麗事にして依存したりすることも簡単です)
 セックスに関してはセックス嫌悪症や恐怖症、セックス逃避や依存症の問題などがあります。また、セックスは異性を支配するための道具(逃避とカモり)でも有り得ます。でも、このようなセックスをしていたのでは自分の心と体の感覚を有りの侭に感じることはできませんし、相手を感じることもできません。つまり、親密な異性関係を築くことはできないのです。それどころか返って、トラウマを深めてしまい、益々恋愛やセックスがうまくいかなくなり、ついには恋愛を諦めることになりかねません。このような流れから抜け出さないと、幻想世界から抜け出すことは更に難しくなりますし、現実の世界を知ることなど夢のまた夢です。
 有りの侭の自分や相手を感じるようなセックスができるようになることは、過去の幻想世界を抜け出し、現実世界を取り戻すための唯一の方法と言ってよいでしょう。このようなセックスとは現実世界を生きるための営みであり、軽々しくカモリや逃避に使うものではないと実感しています。つまり、カモリや逃避のセックスでは、生きることの本当の意味を知ることなどできないばかりか、生涯過去の幻想世界の迷宮をさ迷い続けることになってしまいます。

 今回は、参加者のみなさんのセックスの考え方や、どのようなセックスをしているのかなどを出し合うことから始めて、そこを話し合いの入口にしたいと考えています。そして、トラウマとセックスの関係についての理解を深めながら、男にとってのセックスとは、女にとってのセックスとは何かを考えていきたいと思います。
 勿論、真面目に語り合い、人生で最も重要なセックスについて掘り下げていきたいと考えております。関心のある方のご参加をお待ちしています。
                                                    メンタルサポート心理相談室
                                                             鈴木健治
●⇒日 時:平成26年8月30日(土)13:30~16:30
●⇒場 所:小田急線新百合ケ丘駅下車 徒歩4分「新百合ケ丘レンタルスペース」
http://shinyurispace.web.fc2.com/access.html
●⇒TEL :044-951-4568(会場の電話番号・フタバ貿易株式会社)
●⇒テーマ:「男にとって、女にとってセックスって何だろう?」
●⇒参加者:3,000円(当日、会場でお支払い下さい)
●⇒懇親会:会の終了後、希望者の方々と懇親会(約3,000円)を予定しています。

会が終わりましたら、希望者で懇親会を計画しています。お酒が入ると本音夜話は更に深まっていくと思います。
※ 勿論、懇親会のみの参加も大歓迎です!
※ 第一回目と第二回目の「男と女の本音夜話会」の様子は、ブログ(1月25日と5月31日)をご覧下さい。


▶2014年8月10日 「8月の滝行の会」報告


 今年も、毎年行っている「滝行の会」を8月と9月に実施します。8月の「滝行の会」(8日~10日)が終わりましたのでご報告します。
 昨年の9月の会は台風が直撃して全日程が消化できませんでしたが、何と今年も台風11号が襲来しました!でも、台風が九州近くでゆっくり北上していたので、9日の午前中に「清浄の滝」での滝行はできました。何よりも8日に「不動滝」で滝行を行うことができことは、とても有意義なでした。
 ◀不動滝

 また、今回はTBSテレビの取材が入りました。番組名と放送日及び時間は以下の通りです。
 「不動滝」での滝行はとても危険なので、今回は滝行中の写真を撮る余裕が全くありませんでした。滝行中の様子は、テレビ番組を見て頂ければ幸いです。その迫力に驚くと思います。

■番 組:TBSテレビの「おーくぼんぼん」
■放送日:8月29日(金)深夜(0:20~1:20・予定)

 「不動滝」は3段あり落差はトータルで50mです。滝行は中断の滝(写真・落差25メール)で行いました。写真を見て頂ければお分かりのように、滝行をする足場はとても狭く(写真では確認できません)足を滑らせたら深い滝壺(深さは不明)に落ちる危険があります。なので、安全のためにロープで吊って滝行を行いました。圧倒的な滝の迫力の前に立ちすくんだり、恐怖のあまり泣き出して引き返してくる人もいましたが、無事全員(7名)が滝に入ることができました。

 トラウマの課題を解決するのに、どうして滝行なの???と疑問を感じる方は多いと思います。それは以下のような理由からです。
 日本ではアメリカ直輸入の精神世界系(ニューエイジ系)のセラピーが全盛で、日本の伝統文化を踏まえた、日本人の精神性にピッタリ適合した心理療法は、日本には全くと言っていいほどありません。ですから、メンタルサポート心理相談室が「三峰滝行の会」を作って、トラウマセラピーの課題を解決する方法の1つとして、滝行を取り入れているのにはとても重要な意味があるのです。

 胎児期を含めた乳幼児期の親子関係によってできたトラウマの課題を解決するためには、記憶から消そうとして(でも、記憶は消せません)無かったことにした辛い過去の記憶と直面しなければなりません。この取り組みの過程は相当の勇気と覚悟が必要ですが、この感覚は体験した人でないと理解できないと思います。だから誰にでもできる訳ではありません。ここにトラウマの課題を解決する方法の1つとして、滝行を使う理由があります。
 トラウマの課題を解決するのは厳しい道ではありますが、覚悟を持ってトラウマの課題を解決して本当の自分を取り戻すことは、我々に等しく与えられた人生上の重い課題です。この課題を解決した先には、真に自分らしいし自由な人生を手に入れることができると信じています。今回参加した皆さんは、トラウマの課題を解決するには相当の勇気と覚悟が必要なことは分かっています。だからこそ、その勇気と覚悟とはどういうことなのかを実感してもらうために、「命懸け」の覚悟を感じるような厳しい滝行を体験して頂いているのです。「不動滝」は、この目的を達成するために適している数少ない滝だと感じます。

 「不動滝」に入るときに感じる「死ぬかも知れない」という強烈な恐怖と、滝の中に入った時に感じただろう「爽快感と別世界に到達できたとう感覚」との対比は、覚悟してトラウマの課題を乗り越えた先には、想像もしなかった大きな贈り物が待っていると、予感した人が多かったと感じています。このような体験は、日常生活では決して得られないでしょう。
 これからもトラウマの課題を解決して本当の自分を取り戻す覚悟ある人を対象に、「不動滝」での滝行を続けていきたいと思います。

 9日の午前中は、「清浄の滝」で滝行を行いました。「清浄の滝」は、もう10年使わせて頂いている滝です。

 ◀清浄の滝

 滝はそれぞれ特徴があり、「不動滝」と「清浄の滝」は対照的です。「不動滝」は自然の荒々しさを感じさせるも自然の奥深さを感じさせます。「清浄の滝」は優しくて清らかな滝です。
 「不動滝」に入った翌朝に行った「清浄の滝」の滝行では、皆さんの姿は昨日とは全く違っていました。それはどうしてか?おそらく滝によって、心と体の中から引き出されるものが異なるからだろうと思います。だからこそ、1泊又は2泊して複数の滝で滝行をすることは、トラウマの心の闇の浄化を進めながら自分を感じることがより深まり、より自分を知るのに有効だと改めて感じました。

 来月も9月5日~7日の日程で、「滝行の会(はじめての滝行体験)」を行います。滝行初体験の方は、「清浄の滝」のみの滝行となりますが、滝行に関心のある方は参加してみてください。
 お申し込み・お問い合わせは、本サイトの「三峰滝行の会」の「お申し込み・お問い合わせフォーム」からお願いいたします。日本人として、できるだけ多くの方に滝行を体験して頂きたいと願っています。


▶2014年7月10日 日本の心と靖国神社(3)

= 米国(GHQ)の日本占領政策の目的は、日本人と日本国を二度と立ち上がれないようにすることだった=

 「温故知新」の真の意味を知ることこそが、その人に備わっている個性と主体性を有りの侭に育て、真に成長するために不可欠だということをお話しました。このことから、戦後生まれの日本人は個性も主体性も育っていない本当の理由が見えてきます。日本人の個性と主体性を奪い去った本当の原因は、先の大戦(大東亜戦争)の敗戦後に行われた米国を中心とする連合軍の占領政策にあったのです。

 敗戦国である日本の占領は、米国が主導権を握っていたGHQ(連合国軍最高司令官司令部)が行いました。そして、GHQの占領目的は米国人の有色人種に対する人種差別意識も加わり、「日本人と日本国を二度と立ち上がれないようにすること」でした。これは歴史的事実ですので、その詳細をお知りになりたい方は「ウォー・ギルド・インフォメーション・プログラム」をネットで検索してみてください。この事実を隠すために、「ウォー・ギルド・インフォメーション・プログラム」のことは学校では決して教えないことの1つになっているのです。
 具体的な占領政策は以下の通りです。「日本人に罪悪感を与え」「日本人としての誇りと自信を奪い」「日本人を分断し」「日本の伝統文化を根絶やしにして、日本を2度と立ち上がれないように弱体化すること」でした。現在でも米国の対日政策は、この流れをそのまま引き継いでいます。(オバマ政権になってからは、この政策が更に強化されているという分析があります。)

 GHQの占領政策によって、学校やマスコミを通して徹底的に反日洗脳が行われ、この洗脳活動は現在でも学校や反日マスコミで続いています。その結果として、朝日新聞などの反日マスコミが「靖国問題」「教科書問題」「慰安婦問題」「中国や韓国間の様々な問題」など、本来国内問題や内政問題であることであっても国際問題化しまったのです。これも歴史的事実なので、興味のある方は、それぞれの問題もネットで調べてみてください。



 さて、「温故知新」に話を戻しましょう。GHQの占領政策の1つに「日本の伝統文化を根絶やしにする」という項目がありました。本来戦争好きで支配好きの米国人は、その国(民族)を滅ぼすためには、その国の伝統文化を根絶やしにすることが、最も有効な手段であることを知っていました。日本が戦争をしたことも含めて、「日本文化や日本的な考え方は間違っている」と学校やマスコミを使って徹底的に否定し、西洋文化こそが「進歩的で唯一正しい価値観である」という考え方が、戦後の日本を支配しました。
 日本の伝統文化との繋がりを絶たれことで、個人に備わっていた個性と主体性は育つ土壌は失われてしまったのです。つまり、民族の歴史との繋がりを絶たれた心(魂)は、浮草のように彷徨うしかありませんでした。このようにして日本人としての誇りと自信を失ってしまったことで、「温故知新」という発想など持てるはずもなかったのです。
著名なイギリスの歴史学者であったアーノルド・トインビーは、「12歳までに神話を学ばなかった民族は、例外なく滅びる」と語っています。心の中に民族が受けついてきた伝統文化が流れていないと、個人も民族も国家も主体性を保てなくなることは、どの民族にも共通した真実であり、それは歴史が証明しています。このままでは、日本人や日本の行く末は危ういではないかと危惧しています。

しかし、全く希望がないかと言えばてそうではありません。希望の芽が、あちこちで芽生えているからです。
 マスコミから「危険人物」とレッテル貼られた元航空幕僚長の田母神俊雄氏が、今年2月の東京都知事選に立候補しました。最初は泡沫候補だと考えられていましたが、若者を中心に盛り上がり、何と61万票を得票したのです。どうしてマスコミが「危険人物」として宣伝したのに、多くの若者が田母神氏に投票したのでしょう。それは日本の伝統文化への深く熱い思いがにじみ出ている、田母神氏の嘘のない誠実な人柄と考え方に、現在の日本のあり方に絶望して行き場を失った若者たちの心が、田母神氏をしっかり掴んだからだろうと言われています。しかしマスコミは「若者の右傾化」と称して、必死に答えを探し求めている若者たちを危険視したのです。
 「日本はなぜ世界で一番人気があるのか」(PHP新書)という著書をご存知でしょか?著者は慶応大学講師で明治天皇の玄孫として知られる竹田恒泰氏です。彼は古事記から始まる日本の伝統文化を踏まえながら、日本文化の奥深さや世界に例を見ない日本の独自性を様々な観点から1年間講義をするそうです。その講義は大人気で、噂を聞きつけた受講生は増え続ける(大抵の講義は受講生が減っていくのが普通です)そうです。また、受講生たちは「今まで日本の文化や、日本文化の素晴らしさについて知らないことばかり」「自信がついた」「どうして学校で教えないのか?」などと語るそうです。
 説明したように、戦後の学校ではGHQが作った日教組が教育現場を完全支配していたので、反日教育が行われきたために、伝統的な日本文化の素晴らしさを教えるはずがありません。だからこそ、日本人を教育するための日本の学校であるにも関わらず、「古事記を含めた日本の伝統文化」は全く教えられていないのです。
 竹田氏は「文学としてでもいいので、古事記を学校で教えるべき」と語っています。もしそれが実現すれば、時間はかかりますが日本人の日本や日本文化に対する考え方は大きく変わるでしょう。そして、「温故知新」の意味も分かるようになり、過去の伝統文化に根ざした自信が芽生え、精神的安定度は格段に増すだろうと容易に想像されます。

 メンタルサポート心理相談室でも、ワークショップや懇親会などの場で、神話や神道と神社の話しをしながら、日本人としての本来持っていた精神性について考えてもらいます。それがクライアントさんたちの個性や主体性を育てるために必要だからです。このような話しに対して、違和感を訴えるクライアントさんはほとんどいなません。むしろ、興味を持つ人が多いのです。中には話しを聞いている最中に泣き出す人がいたり、「どうして本当の日本の歴史を学校で教えないのでしょう」と話し出す人もいます。
 最近主婦を中心とした私的な「古事記の勉強会」が、日本各地で立ち上がっているという情報もあります。(実はメンタルサポート心理相談室でも「古事記」の勉強会を計画中です)
 敗戦後70年を迎えようとしています。やっと心ある日本人の中から、目覚が始まっているように感じています。

⇒ 「日本の心と靖国神社(4)」へ続く

▶2014年7月1日 日本の心と靖国神社(2)

= 個人としての主体性を取り戻す必要性 =

以下の写真は、靖国神社参拝ツアーに参加した人たちです。



 今回参加した皆さんは、社会人として立派に仕事をしています。でも、全員が【症状と考えられていない症状】で紹介した、複数の症状を抱えていました。
 皆さんに共通しているのは、そのことを誰にも伝えていなかったことです。だから、社会的には一応「心身ともに健康な人」ということになっていました。つまり、人知れず苦しみや生き辛さを抱えていたのです。
 その中の何人かは、精神科の病院やカウンセリングやセラピーを受けた経験をお持ちでした。しかし、症状を理解してもらえず、適切な診断も治療もしてもらえないので通うのを辞めたそうです。中には、自らカウンセラーを目指して勉強していた人もいらっしゃいました。

 これらの「症状と考えられていない様々な症状」は、お話ししたように乳幼児期の親子関係でのトラウマの後遺症であるPTSD(心的外傷後ストレス障害)です。《詳しくは「メンタルサポート心理相談室」のホームページか、著書「良い子の心の闇」(鈴木健治著 東京図書出版会)をお読みください》
 PTSDは、的確な診断とセラピーを行えば、最終的に症状は消えてしまいます。そうなるためには心理療法家が臨床経験を踏まえて築き上げた、現実を正しく認識できる知識と的確な技法を身に付けることが求められますが、現実には全くそうなっていません。
 だからこそ、患者予備群の人たちは放置されて、患者の数は増加し続けているのです。ここに解決しがたい問題が隠されています。

 メンタルサポート心理相談室のトラウマセラピーに取り組んで頂ければ、PTSDの症状を改善したり消すことはできますが、トラウマセラピーの最終目的は症状を消すことではありません。
 では、何を最終的に目指しているのかと言うと、潜在意識の奥底に抑圧されている本当の自分を救い出して、本来持っている個人の個性と主体性を取り戻し、真に自由な生き方ができるようになることです。このような生き方ができるようになることで、2つのことを手に入れることができます。それは「真に親密な人間関係を築ける」ようになることと「本当にしたいことを見つけ出し、本当に自分らしく生きられる」ようになることです。つまり、表面的でない真に親密な異性関係を築け、心身ともに健康で満足できる生き方ができるようになることです。

 単に心身の症状を改善するためには、過去のトラウマの課題を解決すれば可能です。でも、親密な人間関係が築けるようになり、本当に満足できる人生を送るためには、トラウマ体験で生き埋めにしてしまった「本当の自分を救い出し、本当の自分が本来持っている個性と主体性を育てることが不可欠」です。これがメンタルサポート心理相談室のトラウマセラピーが目指す核心部分です。でもそのようなことは、本当にできるのか?答えは「できます!」です。
 気づきがある程度深く、真実を見抜く目を持っている人なら、学校は「個性をつぶし、主体性の芽を剪むところ」だということを知っているはずです。このような状態が変わらないからこそ、戦後の人たちは個性を喪失し主体性とは何かも知らないまま、自分を消して人目(人の評価)と常識を頼りにし、日和見的な生き方をしかできないので、真に本当の自分を感じながら自由に生きことなどできはずがないのは分かると思います。

 本当の自分を取り戻して、真に自分らしい自由なき方ができるようになるためには、大きく分けて次の2つステップを踏む必要があります。(勿論各段階は更に細かいステップに分かれています)

【第1ステップ】「トラウマの課題を明らかにしトラウマの未解決な課題を解決して、潜在意識の奥深くに封印されている本当を救い出す」

 乳児期の親子関係から始まるトラウマによって、2つのことが起こります。1つは、親や社会に適応するための適応人格を作り出します。一般にはこのような認識がありませんが、誰でも乳幼児期にこのようなことが起こりました。つまり、現在自分だと信じている人格は、「仮の適応人格」であって本当の自分「主人格」ではないのです。だから心の奥では、「本当は自分が何をしたいのか分からない」「いまの生き方は、自分らしくない感じがする」などの感覚を持っている人がほとんどなのだと思います。
 また、ちょっと感覚が鋭い人であれば、人前では出さないけれど心の奥にはドロドロした「闇」のようなものが抑圧されていることを知っているはずです。トラウマセラピーではこの闇を 「トラウマの心の闇」 と言います。過去の様々な体験で表現しないで抑圧し続けて溜まってしまった 「心の闇」です。具体的には「怒り・憎しみ・恨み・嫉妬・悲しみや寂しさ・孤独感・恐怖・絶望・殺意や自殺念慮」などです。
 このような心の基本構造は、誰でも同じです。本当の自分である「主人格(魂と言った方がしっくりする人もいると思います)」は、「仮の適応人格」と「トラウマの心の闇」の下に封印されており、ほとんどの人が本当の自分である「主人格」に出会うことなく、一生を終えるのです。(これも常識的には信じがたいことでしょうが、臨床体験上は事実です)

【第2ステップ】「主人格の個性と主体性を育てる」

 「主人格」を救い出せば、それでセラピーが終わった訳ではなりません。 今までの人生は「適応人格」が完全に主導権を取っていたので、「主人格」は社会に対応したことがありません。つまり、生まれたての赤ん坊と同じなのです。ここで重要なことは、「主人格」と「適応人格」は本質的に違うということです。 「適応人格」は個性と主体性を消して作られていましたが、「主人格」は個性も主体性もちゃんと備わっているのです。しかし、誰にでも備わっている個性と主体性ですが、「主人格」は社会的な経験をしていないので個性と主体性はまだ育っていないのです。
 つまり、その人に本来備わっている個性と主体性を有りの侭に育てられるからこそ、「主人格」を救い出す意味があるのです。では、どのようにして育てるのか?先程も書きましたように、乳幼児期の親子関係で「主人格」は生き埋めにされました。そして、学校は「個性をつぶし、主体性の芽を剪むところ」です。それでは一体どこに個性と主体性を育てる方法と場所があるのでしょうか?
 その答えを導き出す言葉があります。その言葉とは「温故知新」です。この言葉を「個性と主体性を育てる」という視点から解釈すると、「伝統文化を知ることから始めないと、真に創造的なもの(考え方や生き方も含めて)はつくれない」ということになるでしょう。

⇒ 「日本の心と靖国神社(3)」へ続く