「瑞穂の国の心理療法」の取り組み紹介

 「瑞穂の国の心理療法(トラウマセラピー)」は、乳幼児期のトラウマの課題を解決して、「日本人としてのアイデンティティー(自己同一性)」を確立することを目標に組み立てられています。その取り組み内容をご紹介します。


≪個人セッション≫

 「瑞穂の国の心理療法(トラウマセラピー)」は、個人セッションを基本としています。胎児期から始まる親(特に母親)とトラウマ体験は、程度の差があるだけで誰にでもあると考えています。このトラウマによって、本当の自分(自己)は心の奥に抑圧されてしまい、トラウマ体験によって作られた恨みを中心とする「心の闇」が、その上を覆って完全封印されてしまいます。そして、胎児期から乳児期のごく初期に作られた母親への適応人格が、その後の過程で進化成長した人格を自分だと思い込む仕組みが作られます。これらのことを気づき、理解していきます。
 個人セッションでは、面接だけでなくいくつかある独自の退行催眠状態を作り出す技法を用いて、乳幼児期だけでなく胎児期まで退行して、その当時に何が起こりどんな体験をしたかを思い出していきます。
 この過程で、適応人格(自我)の構造やそこから生じた生き方(「動機が恨み」で「復讐が目的」)が作られる仕組みを実感的に理解していきます。また、心の奥に大量に溜まっている「心の闇」を感じて有りの侭に表現することで浄化を進めます。

≪滝行体験≫

 「瑞穂の国の心理療法(トラウマセラピー)」が行う滝行は、原始神道の流れをくむもので、現在行われているお寺や神社でやっているような滝行とは全く異なります。宗教の教義に沿って人の心を縛るようなことはしません。「原始神道の流れをくむ」というのを分かりやすく言えば、縄文人や明治時代以前のアイヌの人々の森や川での作法と共通するイメージです。原始神道と同じくアイヌ民族も、宗教的にはアミニズム(animism:生物・無機物を問わないすべてのものの中に霊魂、 もしくは霊が宿っているという考え方。)です。従って、「瑞穂の国の心理療法(トラウマセラピー)」の滝行では滝に入っているときに祝詞(のりと)や経を上げません。特定の宗教の教義や価値観が入ると、それが雑念となり浄化が進まないからです。
 浄化とは特定の価値観に捕らわれずに頭を空っぽにして、滝の中で感じたままを感じ、その感じたものを有りの侭に表現することで起こります。この行法が原始神道的な入り方です。このような方法で滝に入ると、滝つぼは子宮のイメージとつながり、滝(水柱)は親からの暴力や威圧的な抑圧(支配)とつながることが多いです。そして、胎児期や乳幼児期の「心の闇」が噴出して、この闇を有りの侭に声と共に全身で表現するときに浄化が進みます。頭をからっぽにすることで、滝の周囲に存在している精霊たちの存在を感じる人もいます。このような滝行を行っているところはないと思います。
 どの滝でも滝行をすればいいというものではありません。お寺や神社で使っている滝は、昔から行者たちが行場として長年使っているところがほとんどです。そのような滝は、行者の念や邪気が蓄積していることが多いので、浄化どころか逆に穢れてしまう滝が少なくないので注意が必要です。場合によっては、穢れた滝では浄化どころか憑依霊をもらうこともあります。
 メンタルサポート心理相談室で使っている滝は、東京に最も近い聖地である奥秩父(三峰)の「清浄の滝」と「不動滝」です。「清浄の滝」は行者がほとんど入っていませんし「不動滝」は厳し過ぎて滝行をする人はいません。この2つの滝は、清らかで浄化力がとても強い滝です。
 このように、宗教によって滝行は本来の姿から相当に歪み変質してしまいました。できるだけ多くの人に、原始の滝行を体験して欲しいと願っています。毎年夏(8月と9月)に、どなたでも参加できる「はじめての滝行体験」を行っています。よろしければご参加ください。

「清浄の滝」滝行風景(左)と「不動滝」(右)

≪ボイスワーク≫

 これもメンタルサポート心理相談室のオリジナルのワークの1つです。山奥で、大声を腹の底から出してトラウマの心の闇を引き出して、その心の闇を感じて表現して吐き出すのです。(写真参照)例えば、「お母さん」と叫び続けるとすると、本人も想像もしなかったような言葉と感情が引き出されてきます。その言葉を繰り返し叫ぶと、その言葉が表す心の闇が引き出されて、合理化の思考でなかったことにした乳幼児期のトラウマを実感してくのです。このときに闇の浄化も進みます。
 過去の「トラウマの心の闇」につながると、せき込みが始まり、やがて吐き気ともに痰や胃液などを吐く人もいます。このようなワークを、言葉を換えながら1時間くらいやり続けます。そうするとみなさんクタクタに疲れますが、過去のトラウマを実感して闇の浄化も進んでいきます。日常では意識できないような心の奥底を探るのに、とても有効な方法だと実感しています。「ボイスワーク」は、滝行の会の早朝に山の中で行います。

「ボイスワーク」


≪学びの会「日本の心を取り戻す会」≫

 2月に1回のペースで行っています。この会は単なる勉強会ではありません。参加者が自分のテーマを決めて、自分が調べてきたものを参加者の前で発表するゼミ形式で行います。つまり、受け身ではなく自分の意思で参加して、参加者全員で作っています。このような形にすると問題意識をもって調べたり、他の人の発表を聞いたりすることで、知的な好奇心が刺激されて本当の自分(自己)が心から知りたいと感じたれるようになります。そして、本当の自分を感じられるようになってくると感じています。
 学びの会「日本の心を取り戻す会」のテーマは、古事記をはじめとする古文書や、それと対比するために西洋文化と宗教との関係などです。日本と西洋の文化を対比することで、日本の伝統文化の特徴とユニークさを学んでいきます。

「学びの会」

≪伊勢神宮参拝≫

 日本の伝統文化の核心でもある「和の精神」は、原始神道から現在の神道まで受け継がれています。現在の神道の中心が伊勢神宮(正式には神宮又は伊勢の神宮)です。毎年、希望者と共に伊勢の神宮に参拝します。伊勢の神宮の参拝前には、身を清めるために内宮を流れる五十鈴川で禊をします。(写真参照)
 身体を清めて宇治橋を渡り内宮の領域に入ると、心の奥底で言葉では表せない感覚を感じて涙があふれてきます。西行は伊勢の神宮への想いを

「なにごとの おわしますをば しらねども かたじけなさに なみだこぼるる」

 という句を残しています。西行は伊勢の神宮を参拝して、日本古来の神々の姿を感じたのではないかと思います。日本人であれば、浄化が進むほど西行の感じた感覚は誰でも感じられると思います。
 伊勢の神宮以外にも、中国地方の比婆山にあるイザナミノミコトの御陵や出雲大社も参拝に出かけます。イザナミノミコトの御陵伝承は各地にありますが、比婆山は様々な理由から本ツボだと感じています。

「伊勢の神宮を流れる五十鈴川での禊(みそぎ)」

「イザナミノミコト御陵」