男性体験者の声

【40歳代・男性】

 私は精神科、カウンセリング、ヒプノセラピーなどを体験しましたが、症状の改善が見られなかったので、トラウマセラピー(瑞穂の国の心理療法)を受けることにしました。その体験から両者の違いをまとめてみました。

≪精神科の医療・カウンセリング・ヒプノセラピーなどの一般のセラピー≫

① 精神科やカウンセリングは、医師やカウンセラーの持っている理論(枠)で対象を見ており、クライアントを医師やカウンセラーの枠の中に押し込めようとします。クライアントの状態を、医師やカウンセラーの枠から見て「こうである」と結論付け、クライアントへ説明・投薬します。結果、双方ともその理論の枠が「正しい」という理屈を強化すると思います。
 カウンセリングやセラピー中にネガティブな感情が噴出した場合、カウンセラーやセラピストは何とかその感情を収めようとします。それができない場合、カウンセラーやセラピストは噴出した感情から逃げます。カウンセリングとヒプノセラピーのときでしたが、中学のときのいじめられを思い出し、恨みが噴き出したことがありました。そのときカウンセラーはどうにもならないと思ったのか、「とりあえず落ち着いて」という感じで、噴き出した感情には触れずに面接は終わってしまいました。また、ヒプノセラピーでは、恨みの感情の噴出が強すぎて、セラピストは「それ以上引き出せない」「躊躇してしまった」と言いました。今思い出すと、あれはカウンセラーとセラピストは自分が対応できないクライアントの感情からにげたのだと感じます。

② クライアントとしては、カウンセリングや一般のセラピーは症状を表面的に取り扱うだけで、受ける側は、表面的な前向きな言葉を聞いているだけになってしまいます。だから、自分の中の深い部分は何も感じることができずに、頭で理解するだけです。中には、症状を「無理矢理」改善することに成功する人もいますが、自分自身のより深い部分とのズレは拡大するでしょうし、内実は閉塞状況が進んでいくと感じます。たとえ症状の改善に成功したとしても、それは一時的で再発を繰り返し、負のスパイラルに落ち込むことも往々にあると思います。

③ 精神科やカウンセリング、ヒプノセラピーなどは現状の否定と、現象を「外から」「何とかしよう」という構造になっていると感じます。

④ つまり、精神科・カウンセリング・ヒプノセラピーなどは、取り敢えず現状の症状を楽にすることに主眼をおいています。そのため、医療では精神安定剤や抗うつ薬などを使います。カウンセリングは前向きな言葉で現状認識を変化させ、ヒプノセラピーは、別の人格を使って現状への認識を変化させたり、目を問題からそらせようとようとします。

≪トラウマセラピー(瑞穂の国の心理療法)≫

① トラウマセラピー(瑞穂の国の心理療法)は、外からではなく、徹底的に自分の心の中に自分で飛び込む取り組みです。その過程で、親との関係性(トラウマ)を元にして自分で作ってきた闇に向き合い、その闇を基にして組み上げてきた自我や意識構造を自分で探りながら、体験的にそれらを感じていきます。心の中にある闇(心の闇)がどのようなものなのか・・・。その人の闇はその人のものなので、その人自身が自分で感じるしかないと思いました。

② この過程を体験しながら、自分の作ってきた闇や自我や意識構造を全て感じ切り、「自分で作ってきた」ものであることを理解・納得したとき、自分の人生は自分が全責任を持っており、自分のものであると実感できました。そして、他人の枠(評価)を気にせずに、安定した心を保つことができ、その人の本質と出会うことができるようになります。結果的に、症状を作ったり人や何かに依存したりするのは無意味で必要がなくなり、消失しました。

③ トラウマセラピーは、症状の軽減が目的ではなく、その取り組みは非常に苦しいこともあります。その苦しみも、「自分の作ってきた闇によるもの」、ということを認識するために必要なものだと学びました。

 以上です。精神医療・カウンセリング・ヒプノセラピーなどは、欧米で考案されたものですが、白人の考えた理論が全て正しく、人間の心や精神は全て同じであると考えるのは独善だと感じます。
 本来、人間の個性というものは、生まれた後から作ったものではありません。個性は民族に通底している血脈を含んでおり、元来持っている日本人としての自分の底から湧き出てくるものであって、他人や他民族の価値観によって見えてくるものではないと思います。
 白人の理論を「正しい」とする価値観からは、日本人の個性は遠く離れており、見ることはできません。その意味で、トラウマセラピー(瑞穂の国の心理療法)は日本人の根っこをしっかり感じようとする取り組みでもあります。


【30歳代・男性】

≪トラウマセラピー(瑞穂の国の心理療法)の特徴

① 普段は隠しているネガティブな本音と感情に徹底的に目を向ける
 カウンセラーや他のセラピーのセラピストは、ポジティブな解決思考などを使って悩みを解決するようかのように仕向けたり、インナーチャイルドの癒しと称したワークをしたりします。しかし、私がセラピストに対して「緊張していること」や「本当に感じていること(ネガティブなこと)」を言えていないこと、それからカウンセラーやセラピストに気を使って問題が解決した振りをして、自らカウンセリングやセラピーを終わらせる方向へ進めようとしていることなどに、カウンセラーやセラピストは全く気づきませんでした。
 メンタルサポート心理相談室では、自分がセラピストに対して緊張していることやネガティブな本音を言わないようにして良い人を演じていることに気づかれてしまうし、本当は心の底ではセラピストを見下していることも見破られてしまいます。また、自分で勝手に解決した振りをしてセラピーを終わらそうとしても、それも見抜かれてしまいます。このセラピストは本当に手強いと思いました。
 ただ、セラピストを見下しているし信用もしてないことが見抜かれると、妙な安心感を感じてネガティブな本音を少しずつ言えるようになりました。そして、悩みの本質的な原因に少しずつ近づくことができたのです
このようにトラウマセラピー(瑞穂の国の心理療法)とカウンセリングや他のセラピーとの違いは、隠している本心や本当の原因に向き合おうとするかしないかです。つまり、トラウマセラピー(瑞穂の国の心理療法)は誤魔化しの思考を使って、その場しのぎの人間関係をうまくやり過ごせるような術を身に付けて解決させるようなことはしないということです。思考で誤魔化すということは、本当の原因が解決していないからであり、次から次へと思考で誤魔化す術を身に付け続ける羽目になるので、とても疲れる状態が永遠に続いてしまいます。

② ネガティブなことであっても本音であれば徹底的に吐き出すことが許されている(タブーが非常に少ない)
 「人を信用していない」「人を見下している」「悩みを解決する気持ちなんかない」「女なんてただカモってセックスできればいい」など、ありとあらゆるネガティブな本心を出しても否定されません。こんなことはカウンセリングや他のセラピーでは許されません。このような体験ができるので、ネガティブな本心を思いっきり言った後には気持良さと安心感があり、思いもよらなかった体験ができたことで「このセラピストを信用してもいいのかな」と思えるようになりました。それに加えて、人に対してやってはいけない、言ってはいけないと一般的には許されないことやり続けると、セラピストに何故か親近感が湧いてきます。そんな不思議な経験もしました。

③ ワークショップでの他のクライアントとのワーク
 メンタルサポート心理相談室では、クライアントが参加するワークショップが何種類かあります。その中に、ネガティブな本音(相手を見下している、女なんてセックスできればそれでいい存在、女なんて絶対信用しないなど)やネガティブな感情を他のクライアントにぶつけてもいいという2泊3日のワークショップ(メンタルサポート心理相談室流のベイシック・エンカウンター・グループ)があります。他者と本気で本音を言い合うなんてことを今までしたことがなかったし、そんなことをしたら関係が切れると思い込んでいましたが、実際やってみても関係が切れるどころか参加者同士の親密度が増しました。これもとても不思議な体験でした。
無駄に気を使わずに、本音をぶつけ合っても関係が切れないなら、男女関係も悪くないという気持ちになりました。そして、生まれて初めてセックスをするという本能以外で、女性と一緒に居たいという欲求が自分にもあったんだと気づけました。その欲求を感じていると、1人は寂しいとも感じました。人間関係は面倒臭いので1人がいいし安心だと思っていたのに、1人は寂しいなんてここまで感じたのははじめてかも知れません。
 このワークショップを体験して、女性に対してのイメージが少し変わったり、自分としては信じられないことや、有り得ないことがたくさん起こりました。人間関係はだだ無駄に気を使うだけのはずで、それが人間関係に対して絶望的な思いだったのが、少しだけ人間関係に希望を感じられるようになりました。
 それから、タブーなく本音をさらけ出すことで、女性クライアントのネガティブな本音にも度々遭遇しましたが、そのネガティブな想いの下にある「本当は男に甘えたい(相手をコントロールするためじゃない)」という、嘘じゃない本気の欲求にも遭遇しました。それは本当に衝撃的でした。女性の心の奥にそんな欲求があるなんて最初は信じたくありませんでしたが、甘えたい欲求が嘘ではないとハッキリと分かってしまったことで、女性に対しての印象が変わりました。

≪自分も含めた日本人観の変化≫

 日本人は野蛮な民族だから、自分たちの先祖は戦争をして残虐なことをした。また、太平洋戦争以前の日本人もバカで世界から遅れた低次元な民族であると信じ込んでいました。この意識は学校教育やマスコミ報道などで無意識に刷り込まれたものであることが分かってきました。このような洗脳といってよい仕組みは、GHQの占領政策である「ウォー ギルド インフォメーション プログラム」によって日本社会に作られ、日本人を2度と立ち上がらせないようにするための洗脳が現在でも行われ続けていることも知りました。それにより日本人は人間としての誇りを奪われ、知らず知らずのうちに反日的な思想が刷り込まれているのだということも理解できました。
 自分で調べた部分もありますが、本当は日本が戦争をしたおかげで救われた(白人の植民地支配から解放された)国が多くあったこと、自分たちの先祖が多くのアジア諸国に感謝されていたことをなど、真実の日本史を知り日本人としての誇りを持てたことで、不思議と自信が湧いてくるのを体験しました。このように、GHQの洗脳によって日本人に刷り込まれて、日本人の心の中にある日本人独特の「心の闇」があり、その「心の闇」が(乳幼児期の)トラウマで強化されて、余計に苦しみや生き辛さが増すということが自分にも起こっていたのを理解するきっかけも与えてもらえました。こんな気づきは、カウンセリングや他のセラピーでは決して得られないと思います。


【20歳代・男性】

 僕が以前体験したメールカウンセリングは、自分の過去をある程度掘り下げした。その過程で分かった幼少期の出来事(トラウマ)が現在の生き辛さの原因であり、その責任は親にあるという考えでした。そして、親に責任を転嫁した上で、過去と決別して新たな生き方をするというものでした。
 そのカウンセラーが目指す生き方は、幸せや成功などを目指した上昇志向(未来志向)で、過去の悔しい思いを「見返してやる」という気持ちで、復讐するというものでした。僕にとって、このカウンセリングが目指す方向はドツボに陥る(おちいる)だけで、何をやっても無気力と踏ん張りがきかないままで、うまくいかないと感じていていました。
 でもトラウマセラピー(瑞穂の国の心理療法)は、お金や地位を求める世間一般で言われている成功を求めて仕事をするような生き方ではなく、世間一般で言われている成功には囚わりませんでした。コツコツと技術を身につける職業や長く働き続けることの素晴らしさを教わりました。そして、実際に取り組みの期間中にそのような仕事に転職をしました。
 生活面については、身の丈に合った生活に改めることでした。僕が目指していた「上昇志向に囚われて生きる」ことが、どれだけ窮屈で自分を追い詰めていたことを知りました。このような生き方を続けて人生を終えては、生まれてきた意味が全くないということを学びました。
 また、幼少期に起こった親子関係のトラウマについても、被害者になって親の責任にするのではなく、親子関係でできたネガティブな思考パターンや人や社会に対するマイナスイメージなどは、自らの選択で作ったのであって、それらを選択したのは自分の責任であり、自己責任を学ぶという考え方です。そして、それが自分の課題になりました。
 僕の受けたカウンセリングとトラウマセラピー(瑞穂の国の心理療法)との違いは、以下のようなことです。

≪カウンセリング≫

① 未来志向で上昇志向、社会的成功、金銭的成功、理想の異性との結婚が自己実現ということになっていました。

② 自分の成功や幸せを求めますが、それ以外は自由でした。極端を言えば、他の人や自国がどうなろうとお構いなしというスタンスでした。そのような生き方で、うまくいっていると思い込んでいる人も多くいるとは思いますが、僕はその生き方はうまくいきませんでした。このような生き方は、突き詰めると、根無し草という感覚がありました。

≪トラウマセラピー(瑞穂の国の心理療法)≫

① 幼児期のトラウマや、その後の生活で自分が作った価値観に支配されていることに気づかないことで、生活がうまくいかなくなることを、実際の社会生活の中で気づかせようとする取り組みです。

② 人の心は、その国の伝統文化の心とつながることで、「根無し草」状態から抜け出せることを知りました。このことを知ることで、救いのような感覚を受けました。
 一度、心療内科に行きましたが、そこでは薬を飲むことだけが唯一の処方であり、そのことには何か違和感があり、薬に対する依存性を作るだけで、本当の改善にはならないと思い、通うのをやめました。