10回目のセッション 平成13年6月3日
★退行催眠のイメージ★
胸の緊張の中へ。『手すりにつかまって歩けるようになったが、向こうで手すりが切れている。歩いて行けるが不安』と言う。手を引いて歩いてもらう。少しずつ歩けるようになる。胸の中に煙がある。安心のワークでその不安の中に。『今まで、親から期待されて、しかも否定されていたことに気づいた』泣き出す。(チャイルドのために泣いてあげる)
すでに家を出るお金もたまり、具体的に引越しの計画をたてはじめていました。でも、不安がまだフッと浮かんできます。それがこのイメージだったと思います。「大丈夫、歩いていける。」という気持ちが固まった感じです。親のエゴであれこれ押しつけられていたけれど、でも、そうされていながらも「出来るわけがない」と否定され、とても矛盾した状態の中に自分がいた事にあらためて気づきました。
そんな訳のわからない状態の中で混乱したし、どうやったとしても親を満足さられるわけがない! 答えの出ない問題に振り回されていた自分が、どれだけ辛かったか、という気持ちがこの時に溢れていました。親の気持ちを一生懸命受け止めて、なんとかして応えよう、としていた自分に対して「大変だったね。辛かったね。でも、これから少しづつでいいから変えていこうね・・・」という気持ちになって、「自分でも気づいてあげられなかった本当の自分の気持ち」に涙が出ました。
そして、自分ではまだまだ、と思っていましたが、セッションはひとまずここで終わりました。家を出てからすでに2ヶ月以上たって、仕事もとりあえず上手くやっています。以前のようなめまいなどの不調はなく、とにかく父親の気配にビクビクしながら生活していた時と比べると、とても気持ちが安らいでいるように思えます。先の事は全く見えませんが、それでも今がすごく「あたりまえ」に、静かに過ぎて行く事がとても有難い、幸せな事だと思えます。
引越ししてすぐに母から電話がありましたが、「用があったらこっちから電話するので、電話してこないで。」と言ったらそれ以降全くかかってこなくなりました。「先生に、しばらくコンタクトとるな、と言われているから。」と言ったら、母は「えっ?私とも?(父親だけじゃなくて?)」とビックリしていました。私と話をした事で、全て解決したわけじゃない、とは言ってあったけど、母としてはこれから何でも話してくれるわよね、と思っていたようでした。
そういう風に簡単に考えて欲しくなかったから、何度も、何度も、「これで終わったわけじゃないからね。」と言ったのだけど、わかってくれていないみたい。私が「こうして。これしないで。」と言えば、「じゃあ、そうするわ。」とおとなしく(私のため、という事で)言うことを聞いてくれる。電話もかけてこない。でも、母は自分から私の事を「知ろう」としたり、「自分はどうするのが良いのか?」という事を自分で考えようとしたりは「絶対に」しないんです。それが、母なのだな、と思います。自分の考えを持って動こうとはしない人。だから、今まで父と一緒にやってこれたんだと思うし、これからも変わらないと思います。そういう母親の性格に気づいたら、もう母には話す事も何もなくなったと思いました。基本的に自分と考え方が違うから。今になって、やっと、こんなにも母と自分の考え方が違うのだ、という事に気づいた気がします。
いまは本当に毎日があたりまえのように過ぎていき、週末の休みを楽しみに月〜金曜日に仕事をしています。この繰り返しが、以前だったら「いつまでこういう日が続くのだろう?」と、それが不安(不満?)だったのに、今は「あたりまえ」のような日々がすごく有難く思えます。
気持ちもだいぶ前向きになり、人の沢山いるライブなどにも出かけていったり、いろんな人と話しをしたり、という事も出きるようになっています。今は今の気分のまま、自然にしていればいい、という気持ちです。
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